背負った闇は差し出し方を変えれば誰かの光になるから

福島県出身の僕は、震災で今までの価値観が全部ぶち壊れて、粉々に砕け散り、
それをきっかけにじわじわと体調を崩し、そこから3年くらいまともな記憶があんまりありません。

なんていうか、ちゃんと、生きてた記憶がない。
あれから、なんで3年たったのかよくわからない、みたいな感じです。時間に取り残されたような。

その間、粉々になったものを、かき集めてもう一度組み立て直そうとして、もがいて、でも同じ形にはもどせなくて、もどらなくて、
どうしたら、また自分の拠り所とか生き方みたいなものが見つかるか、ひたすら破片の中を探りながら時間が過ぎました。

破片を探るほど、古い価値観の破片が刺さって、痛いし苦しいし、立ち尽くすというか。
多分アイデンティティークライシス、に近い感じ。しんどかった。

まだまだ、組み立て中だけど、でもこうやって、洗いざらい客観的に語れるようになっただけ、相当元気になりました。

この闇の中で掴んだものは、必ず誰かの役に立つはず。

というか、役に立たせないとやりきれないというのが本音。

だからこの経験で得たものが本になり、曲になり、サプリメントになり、
そのおかげで、また歩き出せていると思います。

背負った闇も、差し出し方を変えれば、誰かを照らす光になるはず。

ならばその闇は自分の力になってくれるということだから。